所在不明な理由 +++++ 4 | |
窓を叩く雨の音がソファに寝転がった耳に響く。今日は休みの日なのに朝から雨で、予定もないしで、ただ部屋でごろごろしていた。溜まっている本でも読もうかとテーブルの上に積んではみたけど、数ページ開いただけで気も失せて、ただ無意味に天井を見あげていた。 会いたいな。 不意に浮かび上がる言葉。 会いたい? そう問い返して、会いたかったんだと気が付く。珈琲屋に寄っても、約束無しで会えることはなく、今まで電話どころかメールをしたことも、貰ったこともなくて、一月ほど前に会ってから音信不通になっていた。そんな友達は沢山いるはずなのに、私は冴木君に会いたかったらしい。 休みの日が暇な気がするのも、平日の帰りが家路を急ぐ気持ちでいっぱいなのも、彼との約束がなかったからなのかと、妙に納得した。 知り合ってから半年ほどで、彼はすっかり私の日常生活の一部になっていたようだ。会えなくて寂しい。会えなくてつまらない。そして、冴木君からも連絡ないのが寂しい。 忙しい人だし、きっと彼女も出来てるだろうし、仕方がないでしょ。そう考えても、楽しかったのは私だけかな、とちょっと寂しい気がする。少し距離を置こうと思ってのこの有様は、情けない気がする。堪え性がないったらないわ。 一つ、溜息を吐いた。 雨が早く止んでくれれば良いのに。天気が良ければ、気も紛れる。買い物に出掛ければ気分転換になるし。 そう前向きに思考を向けても、晴れていてもきっと出掛ける気にならない。やる気が起きないのは、雨の所為だけではない。 何か、疲れたな−−。 「−−どうした?彼と喧嘩でもした?」 「え?」 久々に会いたくて、呼び出した菜穂の開口一番の言葉に驚く。何時もの遅れてきた謝罪の前に、思いも掛けないことを聞かれて、首を傾げた。 「喧嘩なんてしてないけど、どうして?」 「なんか、元気ないよ」 菜穂は腰を下ろすと、メニューも見ずに水を持ってきたウェイターにブレンドを頼んだ。 「元気なく、見える?」 一瞥しただけで、元気なさそうに見えるなんて、私、一体どんな顔をしてるんだろう。 「元気ないというか、疲れてる?テンション低そうだよ」 「ああ、疲れてるかも。なんかねぇ、ここのところ何にもやる気がないんだー」 菜穂が肩を竦めた。 「だから、彼氏と何かあったんじゃない?」 「ないよ。何にもない。至って順調。週末に会うし」 うん。彼とこのやる気なさは何の関係もない。それなのに、思わず吐いてしまった溜息を誤魔化すように、温い紅茶を喉に流し込む。 「?」 名前を呼ばれて顔を上げると、横目で何かを確かめるように見る菜穂の視線に合い、疚しくなくても何となく居心地が悪くなる。 「なに?」 「彼は元気?」 「げ、んきだと思う」 視線をずらして、曖昧に笑いながら答えた。 「思うって、何なのよ?」 「こ、このところ会ってないから。メールとか、電話の声とかは元気そうよ」 そこを突っ込まれると弱い。殊更明るく答えてみる。あ、ほら、珈琲来たよ、と言っても菜穂の追求は緩んでくれない。 「ー。倦怠期の夫婦じゃないんだから。何なの、その盛り上がりのなさは?」 頬杖をついて、珈琲を口に運びながら、ちらりと私を見た。 「だから、私が疲れてるのは彼とは関係ないんだって。それに付き合って三年も経っているのに、盛り上がりとか言われても困るし」 「三年で倦怠期の仲間入りされたら、私も困る」 菜穂はもう五年越しの付き合いで、もうすぐゴールするんじゃないかと友人の間ではもっぱらの噂だ。当の本人に、その気はなさそうだけど。まあ、菜穂のことだから、突然招待状が届く可能性もある。 「だから違うんだって」 「はいはい。が元気ないのと盛り上がりのなさは関係がないと」 本当に納得してくれたのかどうか怪しい口調に、上目遣いで抗議する。菜穂は苦笑いしながら、軽く手を振った。 「じゃあ、取り敢えず、問題な元気がない原因は?」 「……分からない」 「言いたくないって正直に言えば?」 「違う、と思う。本当に、よく分からないの」 呆れ顔の菜穂に、確かめながら言う。 やる気がなくて、疲れた気がして、全部、胸の奥の重い凝りが原因の気がするのに、それが何だか分からない。この凝りが出来た原因も思い当たらなくて、消失方法も不明のまま。どんどん気が滅入ってくる。 「……しょうがないなぁ。そういうのはしゃべっちゃった方が楽になるんだから、思い付いたら言いなね」 「うん。ありがと」 本当に、自分でも早く浮上したい。 菜穂が言うように、週末に彼と会って浮上出来るといいな。 先程からにらめっこをしていた携帯を閉じて、ソファに寄り掛かった。手にしていた携帯もクッションの上に投げ出す。番号もメールのアドレスも、暗記するほど眺めた。 大義名分は見つけた。あとは何かきっかけがあれば連絡を取れるのに、そのきっかけが見付からなくて、ソファの上でうだうだしている。 『三部作の映画を観に行きません?』 もうすぐ始まる最終作。昨日彼と会っていた時に、予告ポスターを目にした。友達と観に行く約束をしたと言うと、彼はやっぱり興味がなさそうで、ただ頷いた。だから一緒に行ってくれる人を探さないと。だから、冴木君に声を掛けようと思って−−。一月も会ってないし、これくらいなら許される気がする。 なのに電話もメールも初めてで、どこか躊躇ってしまう。 「何でこんな簡単なことなのに、出来ないのかしら」 呟きが漏れる。電話より邪魔にならないメールしようとまではさっさと決められたのに、それから先に進まない。 「何をやってるんだろう、私……」 このまま無駄に時間を過ごしていても仕方がない。明日は月曜日。ぐたぐたとソファで丸まっていた上半身を、えいっと起こした。 明日にしよう、明日。明日は絶対メールしよう。うん。 携帯はそのまま投げ置いて、寝る支度をしようと立ち上がった。 「……」 携帯が震えた。振り返って、数回で震えが止まった携帯を見る。もう一度、ソファに座り直して、携帯を手に取ると画面にメールの着信が表示されている。訳もなくどきどきして受信簿を開けた。 「あ……」 差出人の名前は冴木光二。 胸が痛くなった。何に起因しているか分からない痛みに、泣いたら良いのか、笑ったら良いのか。ごちゃ混ぜな表情で、メールを開いた。 『お暇な日にでも、あのお店で会えませんか?冴木』 簡単な文。だけど私が送れなかった文。急くように、メールを打つ。 『今週はいつでも空いています。冴木君の都合の良い日と時間を指定して下さい。』 送信ボタンを押した瞬間から、携帯を握って返事を待ってしまう。寝る支度なんて頭から消えてしまった。数分して、あまり待たずに戻ってきたメールを急いで開く。 『では、木曜の夕方はどうですか?何時もと同じ頃にお店にいます』 こんな簡単に、メールの遣り取りが出来るのに、躊躇っていた自分が莫迦みたいに思える。 『了解しました。なるべく早く行きますね』 すぐに返事を返して、ソファにぱたりと転がった。 木曜日。あと四日。 一月振りに彼に会うのが、待ち遠しくてならなかった。 |
また冴木さん、出てきませんでした……。 冴木さんが出てきてからだと長くなってしまいそうなので、ここで切ってしまったのですが、やはり続けた方が良かったでしょうか〜。 次は冴木さん、出突っ張りの筈です。 良ければ、また覗いてやって下さいませ。 20031017 |