dream
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所在不明な理由  +++++ 2
 菜穂と待ち合わせをしてから二ヶ月。あのお隣りさんと出会って二ヶ月。私は頻繁にこの珈琲屋を利用していた。
 何となく、もう一度出会えれば良いな、と思って、あの日と同じような時間帯に出掛けたり、時間潰しや、待ち合わせに使ったり。
 でも、そうそう会える訳でもなく、というか、会える方がおかしいくらい。まあ、珈琲がメインなのに、紅茶もケーキも美味しいし、居心地も良いし、元々お気に入りのお店だし。でも、携帯は入らないけど。
 今日も仕事を定時で終え、帰路を辿りながら、ふらふらと珈琲屋に寄った。
 入り口の扉をくぐって、空いている席を捜そうとした時、目に入った。
 壁際に並んでいる二人掛けの席に、お隣さんがこちらを向いて座っている。
 会いたいと、会えれば良いなと思ってはいたけれど、本当は全く会えるとは思っていなくて。会った後のことなんて何も考えていなかった。
 どうしよう。
 ああ、それに向こうが私を覚えているという確証もない。ウェイターがお好きな席をどうぞと営業スマイルと一緒に勧めてくれても、どうしたらいいのか……。
 動揺するままに視線をお店の中に彷徨わせ、もう一度、彼へ戻した時、目が合った。
 覚えられているか不安で、少し上目遣いで小さく会釈をする。すると驚くくらい気持ちよく、会釈してくれたので、勢いのまま彼の方へと近付いた。
「お隣、良いですか?」
 彼の隣りの二人掛けの席を示した。
「どうぞ」
 彼の斜め向かいの席に座る。
 えーと、どうしたらいいんだろう。
 取り敢えず、ウェイターにアッサムを頼む。
「−−先日は有難うございました」
「こちらこそ。今日も待ち合わせですか?」
「いいえ。今日は独りです。えーと……そちらは?」
 言い淀んだのは、名前も知らない行きずりで、何て呼び掛けて良いか迷ったから。
「ああ、冴木です。俺の方は今日も独りです」
 小さく笑むお隣さんは、やはりさらりと気を遣ってくれる人で嬉しくなる。見掛けは今時の若者なのに、そのギャップが良いなぁ。
です。初めまして」
「あ、えーと、初めまして。冴木光二です」
 こんな風に自己紹介するなんて。可笑しくなって、笑いが零れた。


     †


です。初めまして」
 ああ、やっぱりさんて言うんだ。
 悪戯っぽそうに笑って、自己紹介するさんを見て、俺は自分の耳の確かさを自賛した。

 二ヶ月程前に出会ったさんは、研究会の帰りに珈琲が飲みたくて立ち寄ったここで、俺に席を半分譲ってくれた人だった。感じの良い、可愛い感じの人で、譲って貰った時から、それとなく眺めていると、携帯の時計と入口ばかり見ているから誰かを待っているんだと解った。訊いてみると、三十分も待っているという。はっきり言って、驚いた。そんなに待っているなんて、相手にベタ惚れなんだと一瞬、騒ついたが、すぐに相手が誰でもそうやって待つ人なんだと分かった。
 お人好しではないけれど誠実な、何処かの誰かにも似ている。
 このまま、相手が来なければ良いのにと思った時、天の采配とでも言うのか、本当にタイミング良く、相手が現れた。待ち合わせの相手は女性で、当然ながら嬉しくなった。
 名前も聞かずに店を後にしたけれど、この店に通っていれば、また会えるだろうと思った。そうして二ヶ月、ようやくの再会となった。この二ヶ月が長いのか短いのか、分からないけれど。

 彼女が店に入ってきた瞬間、気が付いた。
 さて、どうしようか。今日も待ち合わせか?そう考えて、まるでナンパでもするようだと、内心、苦笑した。
こっちに来てくれると良いのにと思っていると、幸運にも、辺りを見回す彼女と目があった。ナンパと言われても、ここで話せなければ、この店に通っていた甲斐もない。
 会釈をすると彼女はこちらに歩いてきた。
「お隣、良いですか?」
「どうぞ」
「−−先日は有難うございました」
 律儀に挨拶されても、実際はこちらがお礼を言う方だ。でも、彼女の気持ちはそのまま受け取って、改めて返した。
「こちらこそ。今日も待ち合わせですか?」
「いいえ。今日は独りです。えーと……そちらは?」
 口を開き掛けて止めた仕草に、名前を脳内で検索かけている風情がありありと判る。こちらが名乗れば、律儀に名前を返してくれることは容易に想像が付く。
「冴木です」
 時折、覗く愛嬌のある仕草に、口許が緩んだ。
「俺の方は今日も独りです」

「冴木さん、珈琲お好きなんですか?」
「ん、珈琲党。さんは紅茶党でしょ?」
 ウェイターが持ってきたのはティーポットで、先日も彼女のテーブルに置かれていた。
「そう。なのに、どうして珈琲屋さんに来ているかって訊きます?」
「いや別に。世間には紅茶より珈琲専門店の方が多いし、提供されるもので評価するか、お店で評価するかは、それぞれの問題だから」
 好きなお店だから来るのであって、それ以上の嗜好をとやかく言う必要はないと思う。
「……冴木さんて、本当に良い人ですね」
 さんの言葉に苦笑する。
「それ、この間も訊いた気がするけど、褒めて貰ってるのかなぁ」
「褒めてるんだって、この間も言いませんでした?」
「言われた気もするけど、いまの会話の流れからいうとね」
「あ、ごめんなさい。えーと、いつもこのお店が好きだというと、紅茶派なのに?って訊かれるから、つい」
 唐突な言葉だったと恥ずかしそうに、理由を説明してくれる。そして一度、睫毛を伏せてさんは続けた。
「訊かれなくて、驚く……んー、嬉しかったから」
さんて可愛いですね」
 さらりと殺し文句を口にしているのに、分かっていないで、はにかむように笑う様子は可愛いと言う他ない。
「えーと、冴木さん?それこそ、褒めているように聞こえません」
 社交辞令だと思ったんだろう。上目遣いで、恨めしそうに言う。
「本心ですけど」
「本心で年下の人に言われたら、どうしたらいいのか判らないですよ」
「え、さん、年上なの?」
 彼女の確信に満ちた言葉に驚く。丁寧な言葉遣いと可愛い仕草からは、プラスマイナイ一の誤差にしか思えない。驚く俺に、さんも驚いたようだ。
「どう見てもそうでしょう」
「どう見ても同年代だと思ったのに」
「どこをどう見たら、そうなるんですか?」
「えっとー、さん……」
 流石に、直接、年齢を聞くのは失礼かと口を閉ざす。でもどう考えたって……。
 言い淀んだ俺を見て、さんは俺が口に仕掛けたことを悟ったらしい。
「別に良いんですけれど、でも冴木さんみたいに若い人の前で言うのもなんなので、取り敢えず、内緒にしておきます」
 拗ねたように言う仕草も、どう見ても彼女が言う程の年上には見えない。
「判りました」
 ちょっとヒント、と言いながら楽しそうに付け加える。
「私が働きだした頃は茶髪なんて、いても雑誌の中ぐらいでした」
 とすると……。
「あ、いま考えないで下さい」
「えーと、済みません」
 見透かされたきまりの悪さに口許を片手で覆うと、さんが楽しそうに笑った。
「ということで。私は冴木君て呼ぼうかしら?」
「良いですよ。俺はさんて呼んだ方が良いですか?」
「うわー、止めてそれは。何か、すごい気持ち悪い。冴木さ……冴木君には名前で呼んで貰った方がすっきりする」
 顔を顰めるさん。首を傾げて腑に落ちないとでも言いたげに続けるさん。
 ああ。彼女の仕草が可愛いのは、表情が豊かだからなのか。勿論、元々可愛い顔立ちだけど。
「じゃあ、さんで」
「うん。それでお願い」
 お互い納得した時には、俺はかなりさんが気に入っていた。




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やっと冴木さん本格登場。
でもやっぱりまだドリーム小説になっていないような……。
次はもっとしっかり二人が絡んでくれる予定なのですが、どうなるでしょう。
さくさくと進めて、早く書いてて楽しいところに突入したいのですけれど。
良ければまた覗いてやって下さいませ。
                                     20031008

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