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目指すは未来  +++++ 1
 師匠の研究会。今日こそはと思って、俺は終わるのをそわそわしながら待った。そして終わった途端、急いで荷物をまとめる。いつでも動きが取れるように。横から進藤がどうしたのかと訊いてきたけど、うん、と返事だけをして、目を目標に向ける。
 目標−−俺の兄弟子、冴木さん。ルックスも良いし、人当たりも良く、何より女の人には優しいし、彼女はいつも絶えることがない、弟弟子の身びいきを引いても足しても、タラシな兄弟子。なのに、ここのところ遊んでいる様子はないのに、見るからに楽しそうで、何より碁が変わった気がする。これは正真正銘の恋人が出来たのかとはっきり言って勘ぐっている。
 冴木さんの恋人。これは弟弟子として、しっかり把握しておかないといけない事柄だ。うん。先週も先々週もちょっと目を離したすきに逃げられたけど、今日こそは捕まえて、絶対に会わせてもらおう!
「なあ、和谷。和谷ってば」
「あー、もう進藤!ちょっとは静かにしろって」
「だって和谷が俺の言うこと、聞いてないからだろっ」
「判った判った、後から聞くから、ちょっと待て、って」
「……もう、和谷なんていいよー、だ!」
 あっ、何するんだよ、進藤!ようやく、黙ったかと思うと、バタバタと進藤は標的−−もとい冴木さんに近付いていく。
「冴木さーん。お腹空いたから、マック寄ってかない?今日、電車でしょ?」
 あの莫迦っ!今からデートの冴木さんが頷く訳ないだろうが。そればかりか俺の計画の邪魔までして。
「ごめん。進藤。今日はこれから予定があるんだ」
 案の定、済まなさそうに冴木さんに謝られる進藤。
「ちぇっ。冴木さんもなのー?和谷も用事あるみたいだし、今日はついてないや」
「悪いな、進藤。また今度な」
 そう言って冴木さんは進藤の頭をくしゃくしゃと撫でた。俺にもよくやる、機嫌の良い時にする謝り方だ。やっぱり、今日は絶対にデートだ。よーし!
「それではお先に失礼します」
 上がり框で挨拶をすると、みんなから口々に返事を貰う冴木さん。その後に続けとばかりに俺も立ち上がる。
「済みませんっ。お先に失礼します」
 師匠にしっかり詫びを入れて、先に退出させて貰う。後ろで進藤が慌てるのも余所に、冴木さんの後を追った。
 エレベーターの前で冴木さんに追いつく。色々とシミュレーションはしたけど、どうせ最後は出たとこ勝負になるんだから、正攻法でいくことにした。
「冴木さん」
「ん、何だ?和谷」
「今日、これから予定あるんだよね?」
「お、お前もマックの誘いか?」
 悪いな、と続けようとする冴木さんを遮る。
「じゃなくて、会わせてよ、冴木さんの彼女に」
「えー、なになに!? 冴木さんの彼女に会いに行くの?俺も行きたーい!」
 突然、後ろから進藤の声が響き渡る。驚いて振り向くと、進藤が顔に絶対に連れて行けと書いて、身体全体をワクワクさせている。大誤算、と思ったが、考えてみると、これは良い手かもしれない。冴木さんは面倒見が良いから、こういった楽しみにしてますという態度のおねだりにはメチャメチャ弱い。よし。俺もこの線で押そう。
「進藤も会いたいよなっ。という訳で、今から会うんだろ?冴木さん。会わせてくれないかなぁ?」
「あのなぁ……」
「うんっ」
 冴木さんなら絶対に断らない。楽しみだなぁ、と期待に充ち満ちた表情を作って、進藤と二人で並んで期待する。
「……はぁ。分かったよ、負けたよ」
 数秒の沈黙の後、両手を挙げて降参した冴木さんに飛びつく。
「わーい。ありがとっ、冴木さん」
「あっ。ずりぃ、和谷。俺もっ」
 何がズルイのか判らないが、反対側から進藤も冴木さんにしがみついて、二人でギュウギュウになって冴木さんを取り合う。
「おいおい!危ないだろ。二人とも、止めろって」
 二人に抱き付かれて、流石にバランスを崩し掛けた冴木さんが、俺たちの頭をパシパシと叩く。
「「いってぇー」」
 二人で頭を押さえながら、冴木さんを見上げると、呆れた顔で窘められた。
「痛くない。痛いのは俺の方だ。折角のデートをお前達に邪魔されるなんて」
 それでも、会わせてくれるのが冴木さんで、嬉しくなる。流石にちょっと悪いかなとは思ったけれど、冴木さんの恋人−−沢山居る彼女じゃなくて、一人だけの彼女には会ってみたくて仕方がなかった。これ位で冴木さんが振られる訳ないし、反対にこんなコトで機嫌を損ねるような彼女では冴木さんには似合わない。少しばかり小舅根性も出てきて、今からどんな人に会えるのかワクワクした。

『−−そういう訳で今日は予定変更しても良い?うん、うん。ああ、喜ぶよ。じゃあ、待ってる』
 棋院の一階の隅で電話をしている冴木さんの声が漏れ聞こえてくる。
「なあ、和谷。冴木さんの彼女ってどんな人だろ?」
 進藤が興味津々に俺に聞く。だけど、聞かれたって俺だって初めて会うんだから、判る訳ない。まあ今まではというと。
「俺が見たことのある彼女は華やかな人ばっかだったなぁ」
「それってケバいってこと?」
「ばーか、違うって」
 進藤は意外と貧相な想像力しかない。ていうか、守備範囲外というのか。俺も人のことはいえないけど。
“バシッバシッ”
「痛ぇ」
「ほら行くぞ」
 いつの間にか、俺たちのいる長椅子まで戻ってきた冴木さんに、後ろから雑誌ではたかれた。
「冴木さん、暴力反対!」
「人の彼女の噂なんかしてるからだ」
 悪いことしているからだと言いたげに、仁王立ちになって冴木さんは言うけれど、笑いながら言ってたんじゃ効果なしだと思う。
「だって、気になるんだもん」
「気になるって、今から会えるだろ?」
「そりゃそうなんだけど」
 それでも気になるのは気になる。おかしな奴だと笑いながら、冴木さんは先に立って棋院の出口に歩き出した。その後を二人で追い掛ける。
「で、どこ行くの?」
「俺んとこ」
「冴木さんち?」
「どっかデートに行くんじゃねえの?」
「お前らねぇ……。考えてみろって。お前達、連れて、一体どこに行けって?」
「……」
 進藤と二人で顔を見合わせた。確かに、よくてファミレスだ。
「ということで、今日は俺ん家。手料理ご馳走してやるから感謝しろよ」
 ピシッと人差し指を突き付けられて驚く。
「手料理 !?」
「わーい!」
 冴木さんの彼女の手料理。ここんとこ、外食ばかりだっかたら正直涙が出るほど嬉しい。美味しいと良いなぁ。
「早く行こ、冴木さん」
「全く、お前達は」
 呆れた声と顔をしていても、冴木さんの目は笑ってて、俺はもっと嬉しくなった。

「なんだー、手料理って冴木さんのー?」
 進藤の呟きに俺も大きく頷いた。
 途中のスーパーで色々と材料を買って、家に着くと、冴木さんは彼女が来るのを待たずに、さっさと用意を仕始めた。
「俺の手料理に不満でも?」
 ウェイターさんがするみたいな格好良いエプロンをした冴木さんが、キッチンのカウンター越しにちらりと俺たちを見る。
「とんでもない」
「あー、楽しみだなぁ」
「白々しく聞こえるなあ」
 冴木さんは料理上手だから本当は大歓迎。だけど、この雲行きだと今日のデートはキャンセルという可能性もあるし。
「楽しみなんだけど、ねぇねぇ……」
 カウンターを回って、キッチンへと足を踏みいれて、遠慮がちに声を掛けた。
「心配するなって、ちゃんと後から、彼女来るから」
 にっこり笑って、冴木さんが俺の言葉を取る。
「……。俺の言おうとしたこと、どうして判った?」
「そんなの、何年、兄弟子やってると思ってるんだ?和谷の顔見ればすぐ判るよ」
「そうそう。俺だって、和谷の言いたいこと判るもん」
 キッチンに進入してきた進藤が、にかっと笑って茶々を入れる。
「進藤。そういうお前だって見え見えだぞ」
「俺、和谷みたいに単純じゃないもんね」
「言ったなー」
「はいはい、ストーップ。キッチンで騒がない。和谷、碁盤の在処判るだろ?お前達は用意が出来るまで向こうで一局打ってなさい」
「「はーい」」
 顔を見合わせて舌を出し、仲良く返事して台所を退散した。

 暇つぶしとはいえ、始めると熱くなるのが進藤と俺で、白熱している最中、チャイムが鳴った。それで、今日の目的を思い出す。
「冴木さーん、来たよー」
「あー、いま俺、出れないから、開けてやって」
 冴木さんは肉まみれの手を俺に見せると、あごでインターフォンを指した。
「あ、うん」
 急いで、受話器を取ろうとして、気が付いた。
「冴木さん、冴木さん!俺、名前知らない!」
 焦って冴木さんに向かって叫ぶ。冴木さんは手に付いた肉を器用に避けて口許を押さえ、くつくつと笑っている。
「冴木さんてばっ」
「あーはいはい。だよ」
 。口の中で繰り返して、それからちょっとよそ行きの声でインターフォンに出た。なぜか外野で笑い声が大きくなったが、気になんかしてられない。
「はい。冴木です」
「あ、です」
 よし。彼女だ。
「いま開けます」
 インターフォンを切ると、玄関にすでに向かっている進藤を急いで追い掛けた。
「進藤、俺が出るから」
「えー、俺も出る」
 顔中ワクワクさせて進藤もそう言い張るから、仕方なく、二人で並んで出迎える。ガチャリと鍵を外して、ドアを開けると彼女、さんが居た−−。




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済みません。こんなものですが、続きます…。
というより、こういうのは許されるものなんでしょうか?内心、かなりどきどきしています。宜しければ、続きもお付き合い頂けると幸いです。
                                     20031118

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