dream
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目指すは未来  +++++ 2
 さんは俺の想像と違っていた。化粧ばっちりの美人な人かと思っていたのに、可愛い感じの人で意外だった。
 小首を傾げて、彼女が俺に話しかける。
「初めまして、です」
 耳に気持ち良い、柔らかい声だった。
「あ、初めまして、俺、冴木さんの弟弟子の和谷義高です。こっちが−−」
「進藤ヒカルです」
 慌てて自己紹介すると、ちょっと恥ずかしそうに彼女は笑った。めちゃめちゃ可愛い……。
「お三方、玄関先でやってないで中に入ったら?」
 後ろから冴木さんの声が聞こえてきた。確かにその通りで、慌てて塞いでいた上がり口からどいた。
「あ……上がって下さい」
「はい、お邪魔します」
 玄関に上がる動きも綺麗で、俺たちが先にバタバタと歩く後を音も立てずに付いてくる。部屋にさっきまでと違った柔らかい空気が混じった気がする。どうしよう。なんか緊張してきた。前を歩く進藤もどこか神妙だ。
「いらっしゃい」
「お邪魔します」
 リビングに入るとすぐさま冴木さんがキッチンから顔を出した。にっこり笑う冴木さんに、さんも微笑み返す。その様子をばっちり見てしまった俺は恥ずかしくて、視線を逸らした。ふと見ると進藤も赤い顔をしている。今更、気づいても遅いけど、俺たち、もしかしてかなりお邪魔虫か?
「はい、これ」
 さんが手にしていた紙袋からケーキの箱らしきものを取り出して、冴木さんに渡した。
「有難う、さん。喜べ、和谷、進藤。さんがケーキを買って来てくれたぞ」
 冴木さんが俺たちに向かって綺麗に包装された箱を持ち上げて見せた。外箱だけでも美味しそうな気がする。
「わーい」
「ご馳走様です」
「どういたしまして」
 冴木さんは“さん”て呼んでるんだ。うん。さんよりもさんの方がぴったりくる。なんて思いながら、さんにお礼を言うと、冴木さんがくしゃくしゃっと俺の髪を撫でるというか乱すというか、とにかく掻き混ぜながら茶々を入れた。
さん、こんな良いとこのじゃなくてよかったのに。こいつらは駅前ので充分、な」
「ひでっ、冴木さん」
 言うことも、やることもヒドイ。さんの前で見る見るうちに俺の髪はぼさぼさになってしまった。でも、お陰でいつもの調子が取り戻せた気がする。なんてたって、冴木さんの彼女だもんな。俺が取り繕ったってしょうがないし。
「そうだよ、俺たちだって違いが判るんだから」
 髪を直しながら、俺は冴木さんの手を押しやり、進藤は進藤で真剣な顔で冴木さんに抗議すると、さんがクスクスと笑い出した。
「進藤、笑われたぞ。お前がいけないんだぞ」
「えー!それを言うなら和谷だろ?」
「二人ともだ」
 呆れたように冴木さんが俺たちを見る。いや、やっぱり一番の原因は冴木さんだと俺は思う。
「和谷くんも進藤くんも冴木君も、みんなちゃんと大人なのに、三人一緒だと可愛くなるのね」
 さんがにっこり笑って、俺たち三人を見ると、思いっきり脱力した冴木さんが訴える。
さーん。それなし」
 うんうん。と一緒にされた俺と進藤も冴木さんの隣で援護する。さんて面白い人?
「なしと言われても、ねぇ」
 含み笑いしたさんが、俺と進藤の方に向きを変えて、聞いてきた。
「ねえ、二人の前の冴木君てどんな感じ?」
 後ろで冴木さんが表情普通で、内心焦っているのが分かっておかしい。
「どんなって、なぁ」
「なぁ」
 進藤と目配せして、にやりと笑った。
「優しいし、男前だし、面倒見良いし、えーとえーと」
「よく奢ってくれるし!」
「そうそう!そんな感じだよ、さん」
 あ、しまった。思わず、さんて呼んでしまったけど、誰も気にしていないから、いいや。
「そんな感じなの?冴木君?」
 さんが冴木さんに振り返って聞くと、態勢を立て直した冴木さんてば澄まして答える。この貸しは高いよ、冴木さん。
「ん、そんな感じ」
「そんな感じなんだー」
「そう」
 そのまま、悪戯っぽく笑って何か言いかけようとして、さんは表情を止めた。
「あら。もしかして、火、点けっぱなし、かしら」
「あ、そういえば」
 キッチンからがたがたと鍋が鳴る音がしてきて、冴木さんが慌ててキッチンへと姿を消した。
「ちょっと待ってて。手を洗ったら手伝うわね」
 さんはパタパタと洗面所に向かって行った。残された俺と進藤は手助けにならないから、大人しく碁盤の前に戻って続きを打つことにした。
「なあ……」
「うん」
さんて可愛い?」
 こそこそと進藤が俺に訊いてくる。一応、碁を打ってはいるが、もうさっきまでの熱はどこへやら、二人して、ちらちらとカウンター越しに見える冴木さんとさんを見てる。どこかから出してきたクリーム色のエプロンをしたさんは、それこそ若奥様風で、まるで新婚家庭だ。はあ。楽しそうで、よく判らないけど息ピッタシに見える。
「可愛いんじゃねぇ?」
「なーんか、あかりとか同い年の女子とかと違うんだけど」
さんのは大人の可愛さって言うんだ」
 パチ。盤面に視線を戻して石を打つ。
「そうか。大人の可愛さかぁ」
 パチ。感心したように進藤が頷くから、言った俺は急に恥ずかしくなった。
「言うなよ、冴木さんに」
「言わないって」
「何を言わないんだ?」
 突然、降ってきた声に二人で飛び上がる。
「うわっ」
「さ、冴木さんっ」
 あまりに勢いよく驚いたから、冴木さんもビックリしている。危ねー。もう少しで、盤面を崩すところだった。
「おいおい。また何か悪巧みでもしてたのか?」
 冴木さんが腰に手を当てて、見下ろしてくる。
「何だよ、悪巧みって」
「そうだよ、俺、悪いことなんてしてないもん」
「人のデートの邪魔しておいてよく言うもんだ」
「あ……」
「いや、それは成り行きというか……」
「いうか、じゃないだろ?まあ、いいから、飯できたから手洗って来いよ」
 部屋中に肉の良い匂いがしている。肉の焼けるヨダレが垂れそうな匂い。メニューは俺の大好物なハンバーグ。何度か作ってもらってるけど、冴木さんのハンバーグはうまい。
「飯!」
「はーい」
 よい子の返事で俺たちは洗面所に向かった。



「−−よく食べるのね、二人とも」
 食い物がきれいさっぱりなくなったテーブルの上を見て、さんが呟いた。
「そうかな?」
「そりゃ、冴木さんの飯がうまいから」
「おだてても、もう何も出ないぞ」
「あら、本当に冴木君のご飯は美味しいわよ」
 さんがにっこり笑って進藤の援護をするけれど、これは惚気じゃないのか。天然の可能性もあるけど、そうだと冴木さん苦労するかも。
「ありがと、さん。さんに言われるとしみじみ嬉しいけど、何で進藤に言われても嬉しくないんだろうな」
「決まってるだろ、愛の差だよ、愛の差」
 ……前言撤回。似たものカップルだ。それに付いてける進藤って大物。
「俺の?それとも進藤とさんの?」
「両方」
「まあ、私も進藤くんと冴木君を取り合うようなことになったら困るし、それで良いんじゃないかと思うけど」
 ぼーっと三人の会話を聞いていると段々スゴイことになっていく。
さん、それきついよ」
「え、そう?」
「そうだよ」
 冴木さんと進藤と二人に迫られて、片手を頬に当て、焦るさん。
「えーと、えーと、あ。デザート。デザートにしましょう」
 あまりの誤魔化し方に、みんな吹き出した。
「あ、ひどい。みんなして笑うなんて」
 ふいと横を向いたさんを冴木さんが宥める。
「まあまあ。さんがあまりにも可愛いかったから」
「それ、あまり嬉しくないです」
「はいはい。機嫌直して、デザートにしよう。珈琲と紅茶、どっちが良い?」
「……珈琲」
 いきなりいちゃいちゃモード。冴木さーん、俺たち居るんだけど、覚えてる?覚えてるよな、覚えててやってるんだよな。全く、しょうがない兄弟子だ。ふう。
「了解。テーブルの上、片づけといてくれる?セッティングするから」
「……了解」
 ちょっと上目遣いで冴木さんを睨むと、さんは不承不承、答えた。それににっこり、泣く子も見惚れる冴木スマイルを繰り出すと、冴木さんはさっと周りの食器を持てるだけ持ってキッチンに引っ込む。残されたさんは、悔しそうに、でも頬を朱くして、視線を俺たちに戻した。
「えーと。うん。片付けようか」

 さくさくとテーブルの上を片づけて、冷蔵庫から出したケーキ箱を開ける。
「うわっ。美味しそー」
「あ、俺、これが良い」
 進藤がショートケーキを指さすのに、俺はチョコケーキを申告した。さんが一つ一つ、お皿に出してくれた。残りはチーズケーキとチェリーのパイ。
「私が言い出しておいてなんだけど、二人とも御飯食べたばかりで、ケーキお腹に入る?」
 さんの両脇を二人で固めて離れない俺たちは、まるでエサを待つひな鳥のようだ。
「楽勝、楽勝」
「ベツ腹だって。さんもそうでしょ」
「そうなのよねぇ、甘いものは別なのよ」
 だから太っちゃうと真面目に困った顔をする。全然、太っていないのに。
 そのうちにこっちまで珈琲の良い匂いが漂ってきた。
「良い香り。冴木君、珈琲入れるの上手なのよね」
「うん。滅多に入れてくれないけどね」
 みんなでキッチンの後ろ姿を見る。機嫌良さそうに、冴木さんはお湯を注いでいる。
「ねぇ、さん。冴木さんといつから付き合ってるの?」
 チャンスは今しかないと、そっとキッチンに聞こえないよう声を潜めて訊いた。
「あら、やっぱり聞かれちゃうのね」
 楽しそうに笑って返されるが、見ると頬が少し赤くなっている。言葉を一度途切って、計算しながら答えてくれた。
「えーと、うん。半年、位かな」
「そっかあ、半年かぁ」
 半年前までは意識がないけど、ここ二、三ヶ月は確実だと思う。やっぱり冴木さんの碁が変わったのは、さんの影響じゃないかな。
「どうしたんだよ、和谷」
「なんでもない」
 なんとなく、さんの前で言わない方がいい気がして、笑って誤魔化した。だけど、隠しておくには大発見すぎるから、後で進藤にこっそり教えてやろう。冴木さんのさんへの惚れ具合。なんか、スゴイことに気が付いた気がして、俺は嬉しくなった。
「へへっ」
「なに笑ってるんだよ、和谷。教えろよ」
「後でなっ」
 うん。俺もさんみたいな彼女を作ろう。優しくて可愛くて、俺のこと、ちゃんと好きでいてくれる女の子。言葉にすると使い古された一般的なものにしかならないけど、これって難しくて大切なことだと思う。それで俺も彼女を大事にするんだ。今の冴木さんみたく。
「ねえねえ、さん。また遊んでくれる?」
「喜んで」
「俺も俺も」
「うん、進藤くんも」
「こらこら。なにさん、口説いてんだ?」
 お盆に珈琲カップを乗せた冴木さんがテーブルに戻ってきた。
「まあ、口説きたくなる気持ちは判るけどな」
 そう言って、冴木さんはさんにウインクした。
「ばっ、なに言ってるの!冴木君てば」
「な、可愛いだろ?」
 朱くなって焦るさんは確かに可愛い。ちょっと目標を大きく掲げすぎたかと、心配になったけれど、冴木さんの年になれば、俺だって格好良くなれるはず!うん。目指せバラ色の未来!
「なに、和谷は握り拳作ってるんだ?」
「先に食べちゃうぞ」
 うわぁ。気が付くと、みんなテーブルについてて俺を見ている。進藤なんてフォークを握り締めている。俺のチョコケーキ!慌てて椅子に座る。
「お待たせっ」
「じゃっ、いっただきまーす」
 進藤の声にみんな頭を下げたのがおかしくて、吹き出した。
 冴木さんとさんも目を合わせて笑っている。さんが良い人で良かった。冴木さんが楽しそうで良かった。進藤が嬉しそうで良かった。
 なんか、今日の俺はとっても心が広い善人みたいだ。口にしたケーキの甘さが幸せで、俺はフォークを銜えながら笑った。




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なんか色々と済みません…。
1からとても時間が掛かったのですが、お読みの通り、内容はありません。ただの惚気拝見のような話です…♭
                                     20031129

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